早朝カフェ。空間としては変わらず、場としての認知が変わる。
土曜日、日曜日。朝の始まりをいつも都内の某カフェで過ごすことにしています。
朝一番にカフェに行き、暖かいコーヒーをいただきつつ、平日にできなかった読書や、文書作成作業を一気に片づけています。これが毎週の自分のルーチンになっているのです。
休日の朝、これから一日は自由な時間が待っている、というウキウキとした感覚の中、そうは言うけどやらなくちゃいけないことさっさと片づけられるためのルーチンを行う時間。
静かな場所で集中してこなせるこの時間が結構気に入っているのです。
周囲の人も、一人一人、席で黙々と本を読んだり、ノートPCで作業をしたり、私と同じような同志がいることにも安心感を覚えるところです。まるで学生時代に図書館でみんなで勉強をしていたような様子ではないかと思わないこともないです。
ところで、ふと思ったのですが、街中にあるカフェは、このような場所であったであろうか?十年単位で過去を振り返ると、カフェの様子は大きく変わったのかもしれない、と思わないでもない。
その昔は、複数人でカフェにやってきて、休憩したり、おしゃべりしたり、そんな過ごし方をするのが王道であったように記憶もしています。
ましてや、ノートPCがまだ珍しい時代。カフェでノートPCで作業をしていると、白眼視される経験(カフェで作業なんかするな、家でやれ!と言われているかのような厳しい視線…)もたびたびしたものだなぁと。そう考えると、時代は大きく変わったものだ。
カフェの使い方…